先日、大阪大学の仕込で、アンドロイド模写の先頭だというヤツの講演をラジオで聞きました。
何でも、マツコ・壮麗のアンドロイドを作ったことがあるのだとか。
その中で、印象的だったことを2・3、とりとめもなく書いていこうと思います。

一番印象的だったのは、キレイとかイケメンとか仰る人の顔付きというのは、フィギュアという、というお伝え。
役者とか、流行るけど、そういった人達の顔付きって中心人間味がないらしいです。
そもそも役者って、う○こしないとか、そんな察知が手強いですし。

確かにそんなふうに言われてみれば、そうかもしれません。
聞いていて、もしや芸人が整形して違和感を覚えるのって、こういう力不足なのかもしれない、なんて思いました。

整形して確かに視線が大きくなったりして、愛らしくなったというんだけど、なぞ妙に違和感があるんですよね。
何より韓国の芸人の人達なんかは、一丸似たような整形をするので、顔付きが一丸おんなじ感じになってますし...

後はアニメやコミックなどを見ていると、美しさやカッコよさを端的に指しまくっている。
時折心がけるのですが、この手の図表の胸私均衡を測ってみると、ものすごい端的な均衡で描いてあります。
そんなふうに考えると、ヒトが愛らしいって思う人間像って、とうに人間じゃないのかもしれません。

そしたら、次におもしろかったのは、抱き枕式ロボットの話です。
抱き枕の中にスマフォが仕込んであって、それを抱きながらテレホンをするのだそうです。

誠にシンプルなロボットですが、これが素晴らしく個人を抱いて話しているように感じて、非常に不幸らしい。
男性がこれを抱いて、婦人とテレホンすると、半ぐらいでゆでダコみたいになるのだとか...!

でも、つまるところ、ヒトは人間らしい姿がなくても、ヒトを感じられるって訳ですね。
人間の察知機能って、とてもいい加減なのかもしれません。お金がない生活は返済のせいではありませんか?